
昭和32年に初代学長・上原轍三郎先生によって開設された開発研究所は、本学の研究者による学際的な協力によって、北海道における地域開発に大きな役割を果たしてきた。開設50周年を迎え、これからの北海道の発展のためにさらなる期待が寄せられている。
開発研究所長 経済学部教授 奥田 仁
開発研究所は、北海学園大学初代学長・上原轍三郎先生が昭和32年に開設して自ら初代研究所長を兼務され、次いで蛯名賢造先生、池田善長先生などの著名な先生方が研究所長を務められた。それに引きくらべて私ごとき浅学非才な者が50周年という節目に所長の席を汚していることは慙愧の至りというほかはないが、職責上ここで所感の一端を述べてみたい。
ここで問題となるのは、現代における「開発」の意味である。平成17年に改正された「国土総合開発法」は「国土形成計画法」に名称を改められた。このためこれまで5次にわたって策定された全国総合開発計画も、次期計画では「国土形成計画」とされ、そこからは「開発」という言葉が取り除かれている。こうした状況の下で、北海道開発法の担当官庁である北海道局、開発局の関係者の中からさえ「開発」がすでに時代遅れの概念になっているのではないかという危惧の声が聞かれるようになってきている。
昭和25年に成立した北海道開発法の条文や開発研究所の設立趣意書を見るならば、確かにこの時代の「開発」とは国土・資源開発が強く意識されていたといえよう。そして、高度経済成長期以降の大規模公共事業にともなう環境破壊や、「開発主義」と名づけられた経済成長至上主義などが「開発」という言葉のイメージを悪化させてきた。しかし「開発」という言葉がもともとそのようなものと理解されていたわけではない。池田善長先生は、開発研究所開設と同じ昭和32年に刊行された『開発とその課題』という本の中で、開発(development)という言葉が国土・資源開発を意味するexploitationから文化的な意味のevolutionの概念までを含むと指摘し、当時の開発政策のexploitationへの偏向をいちはやく批判されている。
同様のことは国際的な学問動向でも言えるのであって、開発経済学(development economics)、開発政策論(development policy)、地域開発論(regional development)などの最近の研究では、国土・資源開発よりも社会的・人間的側面に主要な論点が向けられている。もちろんevolutionの側面を捉えて「開発」を、例えば「発展」と呼びかえることも可能であり、時とするとそのほうがわかりやすいかもしれない。しかしながら「開発政策」を「発展政策」、「開発研究所」を「発展研究所」と呼びかえたのでは違和感があることは否めないであろう。むしろ私たちに課せられているのは、「開発」という伝統と含蓄のある言葉に、どのようにして新しい時代の理念を肉付けしていくのかであると考えるのである。
学 長 朝倉 利光
開設50周年を迎えられ、実のある半世紀の活動に心からの賞賛と祝福を申し上げます。本学は開拓者精神を建学の精神として、第二次世界大戦後の北海道開拓の人材を自ら育成することを目的に創設されました。それから間もなく、北海道開拓の将来を自ら画策するために開設されたのが開発研究所です。したがって、研究所は本学の建学の精神を側面から具現化したものです。時を経るなかで”開発“の意義は変遷してきましたが、グローバルな視点に立った将来計画の必要性は益々増えており、研究所の発展への期待は大きくなっており、さらなる発展を祈ります。
学校法人北海学園理事長 森本 正夫
北海学園大学開発研究所は、昭和32年4月に「広く開発に関する基礎的・応用的諸研究」を目的として設置されました。学長の上原轍三郎先生が所長、主任は池田善長教授、専任研究員が筒浦明講師、研究員補が宮下幸太郎助手、北大大学院農学研究科に在籍中の小生も専任の研究補助員として参画し、スタートしました。また、研究員は当時の北海学園大学経済学部の教員が兼務し、外部からは嘱託研究員として上原先生に関係のある北海道大学、開発局、道、特に総合開発企画関係の皆さんが参加していました。
こうして旧図書館2階の一部に衝立を立てて仕切り、研究所の仕事が始まりました。当初私は、開発関係文献・資料目録の蒐集と整理を担当しました。共同調査研究に関しては、昭和33年から道の委託で、石狩川水系の多目的総合開発調査、続いて昭和35年からは、北海道開発局の委託で、知床半島資源開発における経済効果の調査を開始しました。この調査では資源開発構想を担当し、自然保存をもとにする最小限の道路建設を提言しました。後に半島地域が世界自然遺産に登録されたのを聞いて嬉しく思っております。
その後開発研究所は、大学と研究所の関係が組織上再検討され、学則に基づく研究所として今日に至っております。開発研究所の研究テーマも、開設当初の北海道開発を中心とするものから学際的分野も含む開発の基礎的・応用的研究へと変化してきています。
開発研究所の研究活動においては、開発とは人類が自然に対して労働と資本を投入する経済行為であり、人間生活を豊かにすることを目的としているが、同時に開発と保全は一体性をもって考えなければならない問題であるという考えをもっていました。資源開発に当たっては、経済開発も大切であるが、人材育成・文化形成も含む社会開発との調和を重視しました。また開発計画では、目的的価値も含む総合性と計画性、経済性と地域性、事業の累積性と関連性を重視し、人間の生存的欲求と文化的欲求の充足と同時に、地域発展と国際間の開発協力など、経済活動と環境との調和をどうするかが、私自身の研究テーマでした。
いま北海道には、資源開発を中心とする基幹産業のあり方、少子高齢化社会への新しい対応など、研究課題は多くありますが、過去半世紀にわたった実績のある研究所の役割は大きいと思います。研究所の今後の新たな発展を期待しています。
開発研究所50周年記念シンポジウムが11月23日、北海学園国際会議場で開催された。
総合テーマは『これからの地域開発の方向を考える』。講師に東京大学経済学研究科経済学部教授の神野直彦氏、前沖縄県副知事で沖縄県立博物館・美術館館長の牧野浩隆氏、東京大学大学院工学系研究科講師の村上進亮氏をお招きし、本学から経済学部の小田清教授が加わりシンポジウムが行われた。コーディネーターは 原一隆・本学経済学部教授。
グローバル化時代を迎え、地域開発政策の重要性が再認識されている現在、北海道開発自体も大きな曲がり角を迎えようとしている。シンポジウムでは、開発研究所の50年にわたる活動を総括しつつ、北海道の未来に向けて理論的、実践的に貢献するための指針が示され、北海道の地域発展の方向性について考える機会となった。




「二国間交流共同セミナー開催」−日本学術振興会とフィンランドアカデミー−
日本学術振興会とフィンランドアカデミーによる二国間交流共同セミナーが10月22日(月)から24日(水)までの3日間にわたり、北海学園国際会議場において「隣接二カ国からみたロシアの国境地域」をテーマに開催された。
本共同セミナーは、本学の奥田仁経済学部教授が、フィンランドにおける農山村地域政策の実態調査の一環としてヨエンスー大学を訪問し情報交換する中で、北海道とサハリン・千島列島の関係とフィンランド南北カレリア州とロシアカレリア共和国との関係を対比して検討することが、双方の地域発展を展望する上で重要であるとの認識から発展したもので、上記の合意に基づいてフィンランド側はフィンランドアカデミー、日本側は日本学術振興会にそれぞれ申請することによって実現したものである。
参加者は、日本側からは奥田仁(経済学部教授・開発研究所所長)を共同セミナー代表者とする7名、フィンランド側からはヤルモ・コルトライネン(ヨエンスー大学教授)を代表者とする7名、さらにこの企画に関心をもったロシア国立教育大学等からの参加者3名を加えた計17名で、研究報告とそれに基づく活発な討論を通じた意見交換が行われた。
奥田教授は、今回のセミナーの成果をもとに、(1)個別具体的である国境問題について事例研究を積み上げることによって個別性を超えた教訓と展望を見出すこと、(2)なかでも領土問題の袋小路におちいった感のある北海道の国境地域発展について、国際的比較研究の視点から柔軟で多様なアプローチの可能性を見出すことを目標としたさらなる研究を企画中である。
北海学園大学の知的財産としての学内ネットワーク運用《変遷と今後の展望》
情報システム運営委員会委員長・人文学部教授 竹内 潔
北海学園大学へ学内LANが敷設されたのは、1995年である。当時、インターネットによる通信手段は、電子メールばかりではなく、ファイル自体の送受信もできるという点で、海外(とくにアメリカ)との情報交換手段として日本中で注目され、東大中心に全国の大学にネットワークが拡張しはじめたころでもあった。東大では、日本でのネットワーク普及を目指しながら、若い研究者たちが毎日を大学で過ごし、接続先の24時間のサービス維持に懸命になっていた。当時はまだ利用者も少なく、真夜中の依頼でも即座に対応してくれたことを覚えている。こうした個人の努力と奉仕への心意気で、初期の日本のネットワークは普及してきたのだ。そして、この同じ時期に、FDDIというネットワークが本学に敷設され、外部とのネットワーク通信が可能になった。
その後、学生実習室のネットワーク化、学内LAN利用者への教育や利用環境整備、ネットワーク機器設置の拡張充実が進み、現在のような「認証ネットワーク」へと移行してきた。また、1997年からは、大学の顔とも言える「公式ホームページ」の運用が始まった。この間、学内LAN委員会が中心となり、ネットワーク構築業者、運用管理委託業者、そして法人本部の担当者と日常的に協議しながらネットワークの安定運用を支えてきた。
また、グローバルに展開するネットワーク接続環境を利用した様々なサービスが短期間で大幅に増え、北海学園大学もこの影響を直接受けることになった。それは、本学の教育用コンピュータ実習室運用も含めて、利用者の利便性の拡張と運用サービスを支援する体制作りが、発展多様化するネット社会の中での大学という存在を大きくサポート、維持することに不可欠だ、という点である。IT利用の学習環境とはいっても、ハード面での充実だけでは授業のサポートはできない。特に、現在多くの教育機関で利用されているe-Learning システムなどは、システム全体を支援するための人的支援体制がもっとも重要な要素の一つである。勿論、教員の資質向上も必要な要素の一つではあるが、教材作成、あるいは作成教材を提示するための支援などが実際の利用者にはより重要なのである。また、IT利用の情報教育は大きく進化しているようにも見える一方で、現存している一般的な大学の事務の体制と、ネットワークに接続した環境下でのサービス業務体制へのスムーズな移行・統合は意外と難しいようだ。しかし、学生サービスを主眼にしたポータルサイトシステムをうまく利用しながら、成績管理も含めたネットワーク構築が各大学で始まっている。十分なセキュリティーを確保しながらのそうしたサービスは、学生ばかりではなく、教職員にとっても大変に利用幅が広いものになるだろう。
こうした状況下での本学のネットワーク運用の特徴は、多くのネットワーク管理運用業務を外注で賄っていることである。専門的な知識を有する業者による管理運用業務は、システム的には信頼性の高い管理体制だと理解出来る。しかし、利用する側が運用面からの的確な方向性を堅持し、日常的な管理運用体制の中で、大学としての実質的な資産(ネットワーク管理運用の集積された体系と運用データ=ネットワーク関連技術、次のネットワーク構築への準備としての現在のネットワークの脆弱性のチェック、改善なども含めた)を確実に蓄積でき、それが北海学園大学の知的財産として役立つような運用管理システムであることが望ましい。また、5年前に本学に導入された「認証システム」では、SSL・VPNシステム、図書館システム、構内無線LANシステム、ユーザ登録システムなども統合的に運用されており、学生、教職員を含む1万人規模のユーザ管理も一つのシステムの中で扱えるようになった。
こうした中で、高度情報化社会は、大学での情報教育の取り組み見直し、情報教育授業改善、また情報教育を十分に活用するためのファカルティ・デベロプメント(FD)も盛んに議論されるようになってきた。一方では、利便性をふんだんに盛り込んだネットワーク上で利用出来る高価なシステムがマーケットで宣伝され、業者がこともなげに販売促進に励んでいる。しかし、多くの業者は、大学という教育の現場とかなり乖離している販売コンセプトを得々と提示し、説明に時間をかけている事に気づいていない。しかし、ハードウエアの進化は凄まじく、日常的な変化、機器の機能理解についていくのが困難な時代になってきた。こうした状況の混乱は、高額なハードウエア購入とネットワーク設置が、大学の現在の資産と、将来の知的財産をどのように守り、継承し、そして何を公開するのかにまで、大学としての意思を示す必要がある事を示唆している。
初期の学内LANから、現在の認証システムまで10年という期間で本学のネットワークは大きく変容した。その中でも、平成20年度に実習室への導入が予定されているシンクライアントシステム、現在本学で議論されている語学教育で利用希望しているCALLシステム、また大学事務で学生へのサービスを主眼に検討されてきたポータルサイトシステム、大学からの情報公開の中心となるホームページ、さらに大学が提供している公開講座や様々なイベントの動画配信サービスなど、ネットワーク環境を利用した教育サービス、情報発信サービスはこのところ一層多様化している。そのため、大学として、これらのサービスを実施しながら安定的な運用を目指す事が重要な課題になっている。大学の一部署としての支援体制、運用管理体制が確立できれば申し分ないのだが、そうした状況下での運用体制ではない現時点では、ネットワーク支援体制、実習室運用体制の見直しが緊急の課題である。
今年、大学は『情報システム運営委員会』を設置した。これまで、大学内にあったネットワーク利用でのサービスを取り扱う複数の委員会を統括し、大学として情報システムの取り扱いを統合し、合理的な運用管理を目指そう、という朝倉学長の意思の現れである。こうした構想を理解した上で、本学が今後の高度情報化社会と向き合い、人にも、環境にも優しいネットワーク運用サービスを目指すためには、現在構内に点在している施設、部署が一カ所に統合されることが必要である。そうすることではじめてネットワーク関連の知的集団が統合でき、加えて一つの建物の中で情報教育が可能な大型施設の建設が実現されれば、人も設備も一層の有効活用が期待出来る。




北海道大学医学部で准教授として教育研究に携わり、今年9月に本学で博士(法学)の学位を取得した平塚志保さんに、医療や看護の現状等について執筆していただいた。
2002年に米国では「看護師の受け持ち患者が一人増えるごとに患者の死亡率が7%、看護師のバーンアウト率が23%、職務不満足率が15%上昇する」と報告されました。この論文は、看護師の適正配置の必要性を訴えるものであり、世界中に衝撃を与えました。日本においても共同研究が行われ、看護師がバーンアウトを示した割合、および現在の仕事に不満足である割合は6割にのぼり、米国、カナダ、イングランド、スコットランド、ドイツのいずれの国よりも高い結果でした。さらに、自分の病棟の看護の質が高いと回答した看護師はわずかに3%と報告されています。患者が安全で質の高い医療を受けるためには、看護師の労働環境を含めた職務環境を整備することが急務と考えます。
このような状況のもとで、看護職は、医療の高度化複雑化とそれに伴う患者の多様化するニーズに対応すべく日々努力をしています。一定の領域に特化した能力をもつ専門看護師、認定看護師もさまざまな分野で活躍をし、今年からはその資格の広告も可能となりました。他方、先端医療技術の進歩は、診断、治療から個人の生や死のあり方に至るまで、患者の選択肢を広げました。今日、看護職には、医療と人権概念の社会的変化に対応し、患者の自律的な意思決定を支える重要な役割も担っています。
近年、急速な分子遺伝学の発展とともに専門職としての遺伝カウンセラーの要請が高まり、2005年より非医師の遺伝カウンセラーの認定試験が始まりました。遺伝カウンセラーは、単に医療を提供するのではなく、独立して患者の立場、利益および権利を守る役割を担っています。しかし、遺伝カウンセラーは日本においてなじみのない職種であり、国民の遺伝に対する感情や医療制度を考慮しますと、法的・倫理的に解決すべき課題を多数抱えています。
最後になりましたが、「診療における遺伝情報の特殊性を踏まえた取扱いに関する予備的考察│優生学的利用に歯止めをかけるために│」と題し、今年6月に博士論文を提出いたしました。学位記授与式では、学長先生はじめ多くの皆様のご列席をいただきましたことを、この場をお借りしてお礼申し上げます。博士論文作成には8年間以上を要しました。論文作成にあたり根気強くご指導いただきました吉田敏雄先生に深くお礼申しあげますとともに、北海学園大学のさらなる発展を祈念いたします。今後は博士論文を足がかりにさらなる研究活動を行うとともに、日本の遺伝カウンセリングの発展に微力ながら貢献していきたいと思っています。
【略歴】昭和61年北海道大学医療技術短期大学部看護学科卒業、昭和62年同短期大学部専攻科助産学特別専攻修了、平成4年北海学園大学法学部法律学科卒業、平成11年北海学園大学大学院法学研究科法律学専攻修士課程修了、平成19年同博士(後期)課程単位取得満期退学。法学博士。現在、北海道大学医学部保健学科看護学専攻准教授。




本年9月13日、国連総会の本会議で「先住民族の権利に関する国連宣言」が賛成多数で採択されたが、各国における多数者の自己の利害や権利を強く主張し、堅持する抵抗に妨害されながらも22年という時間をかけて調整し、漸く合意にこぎつけた。国連の試算では、地球上における少数民族の人口は3億7000万人、民族数は97%にあたる7800万。一民族の人口は4〜500万から、僅かに数人というように格差は大きく、アイヌは2万3782人(7年前に比べ15人増)である。
アイヌはかつて、江戸末期に津軽・下北半島北部、北海道、樺太、千島列島など日本列島の北半分以上に居住していたが、明治4(1871)年の戸籍法でその全員を一方的に日本人へ組み込んだ。その後、本州から北海道以北に居住した多量の新しい土人(=さとびと、どじんなどは、その地域の居住者)に対し、古くから居住する土人とを、政府の施策の都合上区別するために、敢えて少数者であったアイヌに「旧」の字を冠して様々な施策が行われてきた。
数年の論議を経て、明治32(1899)年には救済の必要性から「北海道旧土人保護法」が成立したものの、その趣旨は生かされず、施行内容は全くの有名無実のままで、1984(昭和59)年には「アイヌ民族に関する法律(案)」を、アイヌの組織である社団法人北海道ウタリ協会が満場一致で決議した。
1997年5月14日、それに変わって「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統などに関する知識の普及及び啓発に関する法律(略称:アイヌ文化振興法)」が成立した。この法の趣旨は、伝統あるアイヌ文化の重要性を国が認定し、その普及活動に相応の予算を充当するもので、各国が自国内に少数民族の存在を認めても、その文化活動に国庫から支出を決めたのは世界の中で日本だけである。
この法律が奏効してアイヌの人たちの表情は一変し、胸を張って自称するようにもなったが、文化関係に問題を絞っても解決すべき事柄は山積みの状態にある。今春の意識調査では85%が「アイヌ文化の継承の必要性」を認めながら、日々の生活に追われ経済的に不安定な現状から、その担い手には当面はなり得ない、担い手になれたとしても適切な指導者がいない。祖先伝来のアイヌ語については、53%の人が知っていると回答したが、単語だけで会話は全く出来なく、文化の継承に危機感を訴えている。また、少数者であるが故に、自分たちの集団が心置きなく活動が出来るような環境の整備を希望することなどが集約された。これは、1962年当時の調査と何ら変わらないし、この10年間に投入された税金は65億6000万円にのぼるが、実績は今一にも届かない。
アイヌの人たちが切望しているのは、伝承者の育成と指導者の確保である。毎年、儀礼の実施に際し、私は依頼を受けるが、ここ数年は異様に回数が多い。さらに、現場では基本的なことから話をしなければならないのが実情である。1人何役も出来ないことから、私はアイヌ文化を学びたいと希望する学生を特訓し、つい先日も旭川へ吉田尊人君(日文4年)と同行して無事に儀礼を終え、彼の履修内容に感服して多大なお褒めの言葉を賜った。
現在14大学(道外4大)でアイヌ語や文化講座が開講されているが、専任が2人(アイヌ語の切替氏と)体制なのは本学(皆無は7大)だけであり、さらに非常勤の蓮池女史と高橋氏の計4人が当っている。
学びの機会は他大学に比べて多いが、うまく出会えないでいる学生も多く、機会があれば伝えたい。人数は少なくても実のある技を習得するのは容易なことではないが、それぞれの現場では、指導者の他に心を合わせて一緒にサポートしてくれる人も求めている。そうした人を輩出するのも、北海道の大学が担うべきではないだろうか。
北日本から産出される熊胆、エゾシカの袋角や腹子、膃肭、膃肭臍、昆布、椎茸などの医薬品、及び陸海獣の毛皮類は律令期以降に高価で本州へ取引され、中世以降はそれらを海外に輸出した。江戸中期以降は、材木を多量に伐採して本州各地の家並みを作り、明治期には、鉄道の枕木7割を供給した。海浜を回遊する魚類は、江戸中期から戦前まで肥料として移出し、日本の近代化への礎となった。アイヌの人たちが本州から持ち込まれた病魔に犯され、人口減の中で過酷な就労で得た賜物であった。
国連宣言の28条に「同意なく没収され、または占有・使用され、あるいは損害を与えられた土地、領土、資源を返還させたり、賠償させたりする権利を有する。」とあるが、返還や賠償を求めるどころか共生を提示している。明治以降に移住した新しい土人の子孫である我々は、北海道に住む限り少しでもアイヌの人たちの立場に立って物を考え、切望する内容に協力することが可能であれば、大いにすべき必要があるはずである。




北海道と中国北東地域経済のネットワーキングを考える ―地域経済連携のための基礎調査―
シルクロードへの誘惑
今年8月末から9月初めにかけて、中国に進出した道内企業の調査を行いました。そこで、本学経済学部の教員として、調査旅行をした問題意識について述べてみることにしましょう。私の専門は地域経済学と言われる分野ですが、これまで主に、北海道内外諸地域のフィールドワークやイタリア中部地域及びイタリア南部経済と北海道経済との比較などを行ってきました。しかし、中国の地域経済に視野を拡げる問題関心はありませんでした。ただ、かつてNHKで見たシルクロードの情景は、哀愁ただよう音楽とともに、強烈な印象として残っており、特に西域には一度は行ってみたいという思いはありました。
中国調査団あれこれ
中国へ実際に足を運ぶ直接の契機となったのは、2003年まで教鞭をとっていた大学のゼミナールの教え子が、1年間の中国留学したことです。良い通訳、良い旅行社に恵まれ、2004年に初めて中国でフィールドワークを果たしたのですが、今年で3回目になりました。調査団も私と越後先生を中心に、構成メンバーやスタンスは大きくは変わっていません。2004年、2005年そして今年の調査で3回目になり、今年は新聞社の取材を受けることにもなりました。
中国を日本の
地域経済から見る
日本の企業が、海外に工場を建設するなどの形で進出する(直接投資と言います)動きが顕著になってきたのは1980年代後半からです。そして1990年代には、海外特に中国に日本の工場が移転し、モノづくり機能が日本国内では弱くなってしまい、日本経済そして地域経済が「空洞化」すると言われました。しかし、地域の企業が中国に進出することによって、地域経済がどのように「空洞化」し、どのようなメリットが得られるか、といった点を総合的にフィールドワークした研究はありませんでした。
もう一つ大事なことは、工場の海外進出が双方の経済にどのような交流関係(場合によっては敵対関係)を生じさせるか、という点でした。経済学ではこれを垂直的分業と水平的分業という視点で説明しています。前者は、先進国の高次の生産過程と途上国の低次の生産過程との分業関係、後者は同レベルの相互の製品交換に代表されるような分業関係を言います。当時の日本―中国の分業関係は明らかに前者でした。
しかし、ここ数年は、中国の生産技術やシステムの向上とともに、後者の分業関係を見透しておくことが重要になっています。1回目の調査の時から私が注目してきたのは、北海道のように企業集積地域ではない地域、大企業ではなく中小企業、繊維や電気機械ではなく資源型工業におけるメリット│ディメリット、分業関係でした。3回とも北海道企業、中小企業、基礎資材産業を対象としましたが、その詳細は別の機会に果たしたいと思います。
北海道・中国経済交流に
求められること
当然のことであるかもしれませんが、やはり現地でのフィールドワークは何にも増して大事だと感じています。テレビで流される中国の姿だけでなく、かえって中小企業を見たからこそ、高成長を続ける中国経済を支える現場の努力を垣間見ることができたと思っています。予想以上の高度成長を実感したのはもちろんのことですが、途方もない長者と中産階層が生まれている反面、少なからぬ労働者は低賃金のままだし、生活水準も決して高いとは言えません。合弁が必ずしもうまくいっていない企業もあり、合弁解消や撤退の動きもあります。今回調査した木材や水産資源の合弁企業のヒアリングを通して、こうした資源の入手困難や枯渇といった問題も無視することができないことも知ることができました。これらの分野では、中国からロシア、ベトナムへの移転の動きも出てきています。これは両国の経済関係が大きく変化し始めた兆候でもあります。そういう時期にこそ、将来の日中経済の水平的分業関係を見透すことが重要になっていることを強く感じた次第です。
これまでの調査活動はほとんどを私費で賄っているため、シルクロード方面に脱線するなど研究と自由な旅行をしてきましたが、今後は研究費を取得して本格的な研究に取りかかろうと考えているところです。




▽9月21日 コープさっぽろ寄附講座「21世紀・北海道の将来を展望する」第1回講師 松村喬氏(コープさっぽろ副会長理事)来訪
▽10月4日 レスブリッジ大学交流協定交換教授 メアリー・カヴァナ(レスブリッジ大学准教授)夫妻来訪
▽10月4日 ニトリ寄附講座(後期)「流通・サービスを科学する」第2回講師 前田勝敏氏(株式会社未来流通研究所)来訪
▽10月12日 コープさっぽろ寄附講座第4回講師 矢野征男氏(ホクレン農業協同組合連合会代表理事会長)来訪
▽10月16日 人事院北海道事務局長 山田隆志氏 他2名来訪
▽10月18日 工学研究科ハイテク・リサーチ・センター講演会講師 大場善次郎氏(東京大学特任教授)来訪
▽10月18日 ニトリ寄附講座(後期)第3回講師 小田豊氏(六花亭製菓株式会社社長)来訪
▽10月19日 コープさっぽろ寄附講座第5回講師 ヒロ中田氏(株式会社リクルート北海道じゃらん取締役編集長)来訪
▽10月19日 北海道サハリン事務所長 松村英二氏来訪
▽10月31日 札幌国税局長 玉川雅之氏 他7名来訪
▽11月1日 ニトリ寄附講座(後期)第4回講師 安部修仁氏(株式会社吉野家ディー・アンド・シー社長)来訪
▽11月7日 北海道新聞社専務取締役 新蔵博雅氏、同取締役経営企画室長 岡田実氏、同経営企画室次長 広瀬兼三氏と北海商科大学学長 森本正夫氏(北海学園理事長)とともに面談
▽11月8日 北海道経済産業局産官学連携推進室 赤繁博規氏来訪
▽11月15日 ニトリ寄附講座(後期)第5回講師 木内政雄氏(株式会社U.P.n.P.)来訪
▽11月16日 コープさっぽろ寄附講座第8回講師 上田文雄氏(札幌市長)来訪




経営学部では、合理性、社会性、人間性を備え、創造性豊かな人材の育成に努めるため、数多くの特色ある教育プログラムを実施し、他では真似できない経営学教育を展開しています。ここでは、その一部を紹介します。
経営学部長 高木 裕之
経営学部は、40年の歴史を持つ経済学部経営学科を母体に、平成15年、1部に経営学科と経営情報学科を、2部に経営学科をそれぞれ開設し、平成19年3月に第1期卒業生を社会に送り出しました。本経営学部は英語でFaculty of Business Adminis-tration と表記します。組織の経営問題をいろいろな専門分野から多角的に分析し、また、知識を総合・融合することで、新しい課題に取り組む姿勢をこの表記に込めています。
経営学部は組織、グローバル、実践性、情報分析、人間行動を重視する教育理念・方針を立て、それぞれの教育理念・方針をいろいろなプログラムで展開しています。いくつか紹介しますと、「グローバルな視点に立つ経営学教育」の観点から、国際的ビジネスシーンで対応しうるコミュニケーション能力を、海外での企業調査などを一部取り入れながら養成しています。
また、本学部の特徴として、心理学の知見に基づく「人間行動の側面を重視した経営学教育」を行っていることをあげることができます。経営学の対象である組織は言うまでもなく人間行動がその中心であり、心理学分野からのアプローチが必須であります。心理学分野の授業科目が豊富に用意されていることから、社会科学分野には珍しく、申請に基づいて「認定心理士」の資格が授与されます。
さらに、経営学は実学であることから「実践指向した経営学教育」を行っています。ケーススタディを多く取り入れた授業・ゼミナール、事前に綿密な打ち合わせをしたうえでの学部独自の企業研修、さらに、北海道を代表する企業経営者による講演や講義形式のニトリ寄附講座、こうしたプログラムを受けることによって、学生は、企業や社会問題をより身近な学習・研究対象として捉えることができます。
これら教育理念・方針に基づくプログラムは、ITを活用した教育支援システム「GOALS」によって推進されています。学生はノートPCなどからこのシステムにアクセスし、GOALSの多様な機能を利用することで、講義・ゼミナールへの積極的な参加の度合いが強まり、PCを利用したプレゼンテーション能力を高めています。
概略した経営学部教育の内容は他の箇所で詳細されていますが、経営学部は建学の精神及び教育理念・方針に基づいて、知識の総合と融合を図り、もって組織がこれから直面する新たな問題や課題に積極的に取り組もうとするリーダーの育成に努めています。
教育支援システムGOALS
情報教育環境の効果的活用で、きめ細かい学習指導
経営学部では、教育改善活動の一環として経営学部独自のLMS(Learning Management System;学習管理システム)であるGOALS(Gakuen Open Advanced Learning System)を導入しています。
GOALSは経営学部1部(昼間部)および2部(夜間部)の全ての学生に対してサービスが提供されており、導入以来その利用の定着と教育活動への積極的な活用が図られてきました。1部では学生全てがノートPCを所有する情報教育環境を効果的に活用する重要な手段として、2部では特に学習時間が制約的な社会人等の学生に対する柔軟な対応を実現する有効な手段として利用されています。
GOALSの導入に当たっては、従来の大講義のみのコース設計による学生へのケア不足という問題が契機となりました。専門系科目など受講生の多い大講義のほとんどが、講義のみに終始するコース設計にもとづいて行われていましたし、講義は黒板に対する板書と口頭による解説等が中心でした。このような形式の講義では、講義時間以外に学生に学習を促すチャンスもなく、十分な教育的効果を望むことはできません。また、このような問題に対処しようとする教員個人による取り組みには限界がありました。
そこで、教員によるコース運営の効率化(およびそれによる創造的なコース設計の改善)と、それによる学生の学習量の増加を目論んでLMSの導入が検討され、実現されることになりました。現在では学部の多くの教員がこのGOALS上で情報公開を行っており、学生のほとんどがこれをほぼ毎日利用しています。 (佐藤 大輔 准教授)
企業研修
実際に業務を研修し、企業のニーズを理解する
経営学部では、大学全体で実施している「インターンシップ」とは別に、学部独自の取り組みとして「企業研修」(3年次開講:2単位)を設置しています。学生が実際の企業で仕事や業務を体験・研修することによって、現実の企業社会で求められる人材像・ニーズを実体験として認識すること、企業の仕組み・仕事の流れと大学の授業内容との関連性を明確化することなどを目的としているからです。
「企業研修」(履修定員:20名)は書類と面接によって履修者選考を行っていますが、2005年度は履修生21名(男:12名/女:9名)、2006年度は履修生38名(男:21名/女:17名)、2007年度は履修生32名(男:15名/女:17名)で実施しました。年々、履修希望者は増加しており、学生の「企業研修」に対するニーズと期待の高さを感じています。
◆ 特 徴
(1)「企業研修」は、【事前指導】【実地研修】【事後指導】の3つから構成されている。
(2)【事前指導】では、(1)個別:担当教員による指導、(2)一斉:外部講師によるビジネス・マナー指導が行われている。
(3)【実地研修】の前に、履修生自ら各実地研修先企業の担当者のもとを訪問し、研修内容を打ち合わせ、研修目的を明確にしている。
(4)【事後指導】では、担当教員の指導および前年度「企業研修」を履修した学生サポートによって、報告会の発表準備を行っている。
(5)履修生は「企業研修」で得たことを、最終的に「報告会」で発表している。(報告会は、各研修先企業の担当者・経営学部2年生・経営学部教職員を招いて実施。)
※なお、詳細については、経営学部HP「企業研修」および『「企業研修」ガイドブック』(経営学部発行)をご参照ください。
(岡田 行正 教授)
海外総合実習
国際社会を実体験し、人間的にも成長を実感
2005年度より開始した海外総合実習は、本学のカナダにおける姉妹大学である、レスブリッジ大学の経営学部との交流を基盤にし、国際社会の実体験を通じて、語学教育と専門教育との有機的結合を図る経営学部独自の通年のプログラムです。特に夏休み中にカナダでの現地研修があることが特色です。
本年度は現地研修をエドモントンキャンパスで行いました。宿泊はホームステイです。学生達はさまざまな経験から互いを思いやり、論理的考察力を高めると共に、多忙な日程をこなすためのタイムマネジメント方法も身につけることを期待されています。学生達はこの通年のプログラムを通じて単なる教科の学習にとどまらず、人間的に成長することを実感できる、非常に厳しいけれども、やりがいのあるプログラムです。
本年度は、経営学部1部3年生8名(男子学生4名、女子学生4名)と引率2名で行いました。2007年度の実施概要は以下のとおりです。
【事前研修】5月上旬より7月下旬
レスブリッジ大学ESLの特別オンライン学習、現地訪問産業に関する学習、調査・研究テーマの決定、英語による発表等が行われた。
【現地研修】8月6日より8月27日
主要産業現場訪問、英語集中授業、エドモントン市民へのアンケート調査等を行った。
【事後研修】9月1日より
本研修のまとめのプレゼンテーションを10月19日に行った。さらに、12月16日英語による公開プレゼンテーションを予定しており、学生達は目下猛勉強中である。 (石井 晴子 教授)
認定心理士資格取得カリキュラム
心理学の基礎的知識・技能を習得
このカリキュラムは、(社)日本心理学会が認定する「認定心理士」を取得する資格を得るためのカリキュラムです。この資格は心理学のミニマムエッセンス(基礎的な知識や技能)を習得した人に与えられる資格として位置づけられています。その特徴は大学の講義を習得するだけで得られるという点です。他の資格とは異なり、学外での試験や実習などは必要ありません。そのため、心理学の名前を冠した学部・学科でも、目標として掲げられることの多い資格です。通常、心理学関係の資格が取得可能なのは人文科学や福祉関係の学部などです。それに対して本学部は社会科学系統の学部であり、全国でも貴重な存在といえるでしょう。
経営学部では、この「認定心理士」を取得するため社会心理学や認知心理学など9科目を学部独自に開講しています。学部独自の科目以外にも、総合教育科目ではコミュニケーション論Iなど、教職科目では認知発達心理学なども利用可能です。これらの科目の中で、中心的な科目は「行動科学実験実習」でしょう。この科目では、実際に学生自身で心理学の実験を行ってもらいます。そして、その実験結果を分析し、レポートを作成します。心理学の知識以外に、統計的分析法やレポート作成法など総合的な力が身につく科目です。
この資格を取得するためには心理学関係の科目を幅広く修得する必要があります。他の科目との兼ね合いもあり、なかなか大変かも知れません。しかし、心理学に関するチカラが保証されることは確かです。心理学に興味のある学生ならば、是非ともチャレンジして欲しいものです。 (鈴木 修司 准教授)
ニトリ寄附講座
日本を代表する経営者や専門家から講義
本学経営学部と大学院経営学研究科は、株式会社ニトリからのご寄付により、2005年4月より企業経営に関する寄附講座を開設しております。本講座は、「流通・サービスを科学する」を統一テーマとして掲げ、流通・サービス業界において、北海道から全国・全世界に羽ばたく一流のプロフェッショナルを養成するためのカリキュラムを中心に開講しております。
似鳥昭雄社長をメイン講師としてニトリの成長と競争力の源泉を講義する「チェーンストア論」をはじめとして、日本を代表する企業(主に流通業・サービス業)の経営者、業界分析に精通した専門家ならびに研究者、産業政策をつかさどる政治家、行政官僚などの有識者の皆様からさまざまなご講演をいただくことにより、流通業・サービスを科学的に把握・分析できる能力の獲得と、次世代を担う高度職業人の育成を目的としております。
2005年度の成果としては、講座の内容をとりまとめ、本(『ホッカイドリームソーダ』中西出版)として出版いたしました。マネジメントに関する寄附講座の開設と、このような先進的な取り組みは、全国的に見ても稀有な事例といえます。今までは大学院経営学研究科に開設しておりましたが、2007年度からは、経営学部の正規科目として開設され、学部教育のみならず、知識創造の拠点として尚一層の成果をあげるべく、鋭意、講座内容の充実を図っております。受講生は、大学生、大学院生のみならず、一般の社会人、地域住民などにも公開しており、好評を得ております。 (田中 史人 准教授)
情報系資格対策講座
資格取得で、就職後も活躍の場が広がる
経営学部では、情報系の授業科目と連動させて、春と夏の休業期間に専門業者による情報系資格対策講座(有料)を実施しています。情報系の授業で習得した知識・技能を資格という形で実務能力の証にすることで、就職活動に役立てるとともに、休業期間を有意義に過ごしてもらいます。
マイクロソフトオフィススペシャリスト(MOS)資格対策講座では、マイクロソフト社のWord、Excel、Access、Power Pointの操作技術を習得します。講座終了後に受ける資格試験では、どの試験でもほぼ100%の合格率を上げています。経営学部の学生は、資格取得志向が強くかつパソコン操作能力が高いので、Wordエキスパート(上級)やExcelエキスパート(上級)といった上級レベルの資格を多く取得しています。
国家資格である初級システムアドミニストレータ(シスアド)試験は、情報通信に関する幅広い知識が要求され、合格するのが難しい試験です。この資格を取得すると、情報技術に関する一定の知識・技能をもって部門内またはグループ内の情報化を利用者の立場から推進する者として、職場での活躍が期待されます。2005年夏より対策講座を5回実施して、26名の合格者を出しています。
経営学部の学生が積極的に資格取得を行うことで、卒業後、システムエンジニアなどの情報系専門職や一般企業の職場でも情報技術に詳しい者として活躍していくことが期待されます。
(福永 厚 教授)
現代社会は、科学技術の高度化、グローバル化、情報ネットワーク化が急速に進展しています。この社会的・経済的状況の変化に対応するためには、マネジメントの専門知識はもちろん、情報を入手して分析する力、国際社会を生きる語学力、人間に対する深い洞察力といった多様な能力が求められます。そのためには、幅広い分野の教育が不可欠であり、さまざまな専門領域を持つスタッフが必要となります。ここでは、多様なバックグラウンドをもつ経営学部の教育スタッフをご紹介します。
投資と企業価値の関係を探る
赤石 篤紀 准教授
【ファイナンス】
研究については、市場に革新的な製品やサービスを提示するベンチャー企業に対して専門的に投資を行うベンチャー・キャピタルの投資行動を主たるテーマとしています。そこでは、評価が難しい、情報が明確でない、リスクが高いといった問題をもつベンチャー企業への投資にまつわる諸問題に、ベンチャー・キャピタルがどのように対応しているのか、そのメカニズムを明らかにすることを試みています。また、最近ではベンチャー企業の株式公開後の行動についても、財務データを用いながら分析しています。
担当科目「ファイナンス」では、研究領域であるベンチャー企業やベンチャー・キャピタルの行動だけを問題とするのではなく、幅広く、投資家の行動や企業の資本調達や投資決定を扱っています。講義では、金融市場における投資家(株主など)の意思決定を取り上げることで、おカネを扱う上での基本的な考え方・論理(ファイナンス的なものの見方)を理解し、その上で企業における種々の財務的意思決定、具体的には資本調達決定、投資決定、配当政策などについて考えることを狙いとしています。分かりやすいところでいえば、「リターンとリスクの関係」、「分散投資の効果」、ここ数年日本でも聞かれるようになった「企業価値」という考え方、企業価値を高めるための投資決定や資本調達決定のあり方といったトピックスを通じて、ファイナンス的なものの見方を養えればと考えています。
今後の抱負と致しましては、研究面では常に先端の研究動向を取り込む努力を重ね、情報問題、リスクへの対応といった問題に対して、従来より行われている経済学的視点からだけではなく、経営学的な視点を取り込みながらアプローチしていきたいと考えています。また、教育面では、先端の研究動向との距離を意識して教育を行いたいと思っています。
企業が消費者に送る情報、その戦略と効果
下村 直樹 准教授
【マーケティング・コミュニケーション】
私の専門はマーケティングです。研究領域は、その中でも広告やパブリック・リレーションズなどを含んだ企業と消費者とのコミュニケーションに関することです。企業がどんなに優れた製品やサービスをつくったとしても、それが知られていなければ売れませんし、企業が消費者に対してコミュニケーションを行うのは、作っている製品・サービスを買ってもらうといった動機だけではありません。企業は日々消費者に対してどうやって効果的に、さらには、効率的に情報を伝えるのかについて考えています。こういった問題について、企業がどのように取り組んでいるのかという戦略や、一方で、その戦略に対して消費者はどんな反応を示すのかという効果、この2つを明らかにする必要があります。研究では、これら検証するために、企業・消費者双方に対してアンケート調査などを行い、戦略と効果の分析を行っています。
講義はマーケティング・コミュニケーション(1・2部)と1部2年生の演習Iと3年生の演習II、さらに、今年度は2部3年生の演習Aを担当しています。マーケティング・コミュニケーションは、マーケティングと比べてなじみの少ない言葉ですが、マーケティングをコミュニケーションの観点から考えていくものです。もっと具体的に説明しますと、企業が消費者に対して有効な情報を送り、彼らの心理や行動に影響を与えて、そのフィードバックに対して応えていくのがマーケティング・コミュニケーションです。講義では、マーケティング・コミュニケーションの中心である広告を主に取り上げています。企業が広告を行う上で何を考えなければいけないのかという広告戦略や、消費者は広告からどんな影響を受けるのかという広告効果などの内容について、時には実際の印刷広告やコマーシャル映像を取り上げ、それを見せながら講義しています。
企業活動と会計情報
企業は株主に対して、企業の財政状態・経営成績を開示し、説明しなければならないという責任を負っています。この責任をアカウンタビリティ(Account-ability)といいます。そして、会計(accounting)の目的は、アカウンタビリティを履行することにあり、その主要な命題は、企業活動の結果として会計情報を作成すること、そして、その情報をステークホルダーに報告をすることについての仕組みないしルールを構築することにあるのです。
ここにいう会計情報とは、一般に「財務諸表」と呼ばれています。財務諸表には、一年間の企業の保有する財産の増減に関する報告書と企業活動によって獲得された「利益」に関する報告書の二つが存在しています。前者を、貸借対照表(Balance Sheet)、そして、後者を、損益計算書(Profit and Loss Statement)といいます。簡単に言えば、この二つの財務諸表に、企業の経営資源と企業活動に関するすべてのデータが集約されているのです。担当講義である「簿記」においては、これら財務諸表を作成するための方法論を教授しております。
ところで、近年における企業活動のグローバル化は、会計の領域に新たな命題を課すことになりました。いわゆる国際会計に関する諸問題です。現在、会計先進国であるアメリカ、そして、これに対抗しようとするEUとの駆引きの間で、各国の会計基準は、国際会計基準審議会(IASB)によって設定される国際財務報告基準(IFRSs)へコンバージェンス(収斂)されようとしています。そして、かかる会計基準のコンバージェンスによって、わが国の会計制度のあり方は大きな変更を余儀なくされているのです。
私の研究的関心は、会計基準のコンバージェンスにおいて第一に成し遂げなければならない、会計概念フレームワークの構築とその基礎概念の解明に存在しています。
組織における人間行動を心理学的に理解しよう
増地あゆみ 准教授
【組織心理学】
研究テーマは『リスクの認知と意思決定の心理学的研究』です。リスクとは「望ましくない結果の大きさとその確率」を意味します。例えば、株には買った時よりも値段が下がって損をするリスクがあります。皆さんは、この株のリスクをどのように考え、株の購入をどう判断するでしょうか。損の可能性を嫌って買わない人もいれば、逆に値上がりする可能性を見込んで購入する人もいます。株に限らず、食品添加物や交通事故のリスクなど、私たちは様々な場面でリスクについて考え判断しています。その心理的なプロセスを研究の対象としています。
最近は組織のリスクに対する判断や管理に関心を持っています。企業や病院などの組織では、様々な事故や損失の可能性があります。事故を防ぐには、一人ひとりがリスクを回避し、安全行動をとる必要がありますが、これが徹底されないと事故につながります。安全行動を促す条件は何か、組織はどのようなルールや環境をつくるべきかを心理学の立場から研究しています。
本学での担当科目は「組織心理学」と「ゼミナール」です。組織心理学では、『組織における人間行動』の理解を目標とし、リーダーシップの理論や集団の意思決定の特徴、組織ストレス、仕事への適性などのトピックについて考えます。どれも組織という場での人間に関わるものですが、できるだけ身近な事柄と関連づけることで、学生自身がより具体的に理解できるような講義を目指しています。
ゼミナールでは『集団の意思決定とコミュニケーション』をテーマとしています。集団活動で成果を出すには、十分なコミュニケーションと互いの協力、合理的な意思決定が不可欠です。ゼミでは、「実験ゲーム」での体験を通して、どうすれば集団活動がより良いものになるか考えます。実験ゲームでは、現実を単純化した場面でメンバー間の情報のやりとりと意思決定が求められます。楽しみながらの実践と、実践を踏まえた理論の理解がゼミの成果となります。
「良いデザイン」を作るには?
森永 泰史 講師
【製品開発論】
(1)どのような研究をしているのか
私が大学院以来、一貫して取り組んでいるテーマが「企業経営とデザイン」です。ここでいうデザインとは、モノの形のことで、「この製品、デザインがいいね」などという時のデザインを指しています。
デザインが良くない製品は売れないという意見については、皆さんも賛同してくれると思いますが、それではどうすれば「良いデザイン」を作ることが出来るのでしょうか? それどころか、そもそも「良いデザイン」とはどのようなものなのでしょうか? このようなことを日々、考えながら研究に励んでいます。
デザインとは、きわめて趣味的で、主観的なものであるため、絶対的な答えは存在しません。けれども、長年、研究を続けていくと、いくつかのヒントらしきものは見えてきます。例えば、「デザイナーと社長が頻繁に顔を合わせている企業は、デザインで高い評価を得ている」とか、「デザインを開発する際に、ガイドラインなどで制約される方が逆に、創造的な作品を長期的に生み出せる」などがそうです。
まだまだ分からないことも多いのですが、一つ言えることは「絶対の正解がないからといって、マネジメントを放棄して、デザイナーや経営者の好き勝手にさせてはダメだ」ということです。つまり、デザインのような”とらえどころのない“ものであっても、マネジメントが必要であり、それが重要であるということです。
(2)どのような講義をしているのか
私が担当している科目名は「製品開発論」といいます。といっても、ヒット商品の作り方を教えているのかといえば、全くそんなことはありません。本講義でやっていることを平たく言えば、トヨタや松下などの製造企業(メーカー)がどのように会社を運営すれば、儲けることが出来るのかということを教えています。つまり、科目名に「製品」という冠はかぶせていますが、あくまでも講義の対象は企業です。
ご存知の通り、日本は資源に乏しいため、それらを輸入し、加工することで経済を成り立たせている製造立国です。そのため、そのような領域に特化して、講義を展開していく製品開発論はとても重要な科目といえます。ただ、製品開発論(アメリカではMOTと呼ばれる)は本来、大学院で教える科目として誕生してきたため、高度な議論も多く、そのままでは学部生が理解するのは困難です。そのため、イメージしやすいように、身近な例を探すなどして、平易な説明を心がけています。




専門図書館北海道地区協議会主催、本学開発研究所共催により、さる10月9日、図書館職員の知識・技術向上や一般の方にも広くデジタルアーカイブズを知っていただくため、『歴史を見る目:原資料の重要性〜デジタルアーカイブズへの招待』と題して、講演・研修会を7号館コンピュータ実習室で開催した。
講師には国立公文書館・アジア歴史資料センター調整専門官の牟田昌平氏をお招きし、公文書保存・管理の起源と歴史や、現在、アジア歴史資料センターならびに国立公文書館が推進しているデジタルアーカイブズの現状などをお話しいただいた。
また、実際にデジタルアーカイブズに触れることにより、歴史資料の保存・活用の重要性について再認識する機会となった。
【牟田昌平氏・略歴】1953年福岡県生まれ、1977年早稲田大学文学部卒業後、イギリス・イーストアングリア大学、ロンドン大学大学院を経て、1982年(財)日本国際交流センター入所、1994年フルブライト研究員、1996年(財)日本国際交流センターシニアプログラムオフィサー、2002年(独)国立公文書館アジア歴史資料センター主任研究員。




工学研究科ハイテク・リサーチ・センター主催による講演会が10月18日、本学7号館D30番教室において開催された。
講師には、東京大学特任教授の大場善次郎先生をお招きし、『企業の求める人材とその育成方法』と題して講演が行われた。
その中で先生は、国際化が一段と進むなか、企業は新しい道を切り拓いていく人材を求めている。厳しい国際競争にさらされている企業は、人材育成の余裕も少なくなり、大学・大学院教育へ多くを期待するようになっている。大学もまた、それに対応した教育を実施しなければならないとし、新日鉄勤務時代から東大・北大でのIT人材育成、産業界の状況、技術者育成など、先生の経験をまじえながら、企業から評価される人材となるための学び方、自己研鑽の方向をお話しいただいた。
【大場善次郎先生・略歴】1944年福岡県生まれ、1967年東京大学工学部卒業。卒業後、工場の建設、改造、操業などに従事。1997年新日鉄情報通信システム(株)取締役支社長。熊本大学のSOSEKI構築を支援、2002年東京大学大学院工学系研究科教授、2003年北海道大学大学院情報科学研究科教授(併任)、2007年東京大学定年退職後東京大学特任教授、九州大学非常勤講師兼任。現在、「高度技術者育成と大学システム融合化」の研究に取り組んでいる。




本学法学会主催による法学部講演会が10月22日、本学1号館34番教室において開催された。
講師に、日本の労働立法政策論およびEU労働法の第一人者である政策研究大学院大学教授の濱口桂一郎先生を迎え、『EUにおける労使立法システムの展開と今後の展望』と題して、講演していただいた。
日本は、審議会における三者構成原則を通じて政治プロセスの中に一定の位置を占め続けてきた立法コーポラティズムが、近年では、経済財政諮問会議や規制改革会議等の実質的影響力が強まっている。これに対しEUでは、EC設立条約という憲法的規範のレベルで労使の関与、イニシアティブが規定され、民主主義の現れとして位置づけられている。講演では、EUと日本の社会立法システムのあり方について展開された。
【濱口桂一郎先生・略歴】1983年東京大学法学部卒業、同年労働省入省、1995年欧州連合日本政府代表部第一等書記官、1998年埼玉県労働商工部職業安定課長、1999年労働福祉事業団総務部総務課長、2001年衆議院調査局厚生労働調査室次席調査員、2003年厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課主任雇用均等監察官、2004年厚生労働省政策企画官、2003―2004年東京大学客員教授、2005年政策研究大学院大学教授。
「北海岳友会創立50周年記念−シルクロードの山−」
法学部(昭和42年卒・1期生)京極 紘一
二部の山岳部である北海岳友会の創立50周年を記念して、タクラマカン砂漠の西にそびえるムスターグ・アタ峰(7546m)に登ってきた。シルクロードにそびえる高峰として名高い山で、私は中国西域の本を読みあさり、夢をはせていたその山に、学生とOBとで登山隊を組み、今年の7月に胸をときめかせて出掛けた。
新疆ウイグル自治区にあるシルクロードの町カシュガルは、乾燥した大地の中にポプラの緑に包まれたオアシスの町であった。ビルが建ち並び、自動車やスクーターが走り近代化されていたが、モスク(寺院)があり、バザールには鮮やかなスカーフをまとった女性や刺繍をした角帽を被った男性など民族色豊かな人であふれ、露店ではナンが売られ串焼きが煙をあげていた。本で読み、写真で見たシルクロードの姿が今、目の前にあって感激する。
郊外に出ても車窓にはポプラ並木が続く。途中の町では昔ながらロバが引く荷車が行き交い、道端に並ぶ露店にはスイカ、ぶどう、ハミウリ、リンゴなどの果物が豊富に積み上げられ、それを交渉して買い求めるのは楽しい。
車は砂礫の荒野から荒々しいゲズ渓谷に入り、コングールの巨大な山を見上げながら走り抜けると、目の前にムスターグ・アタが真っ白い大きな姿で現れると、ほどなくカラクリ湖である。それまで乾燥しきった大地を眺めてきたせいか、湖に姿を落とすアタの眺めは瑞々しく目に映る。湖畔にはパオが並び、馬や山羊が放牧されていた。
最奥の村スバシでラクダを雇い、キャラバンを組んでベースキャンプ(BC)に向かうが、シルクロードを行く昔の隊商を彷彿させる眺めで、異国情緒たっぷりである。ロバに乗って行く私には夢のような光景であった。
BCには世界中から登山者が来ており、沢山のテントが張られて賑やかだった。そこから東尾根にルートを求め第一キャンプを設け、さらに複雑なクレバスの回廊を抜けて第二キャンプへ、そして広大な尾根の氷原を辿って第三キャンプを確認したのち、一旦ベースキャンプに下がって休養。再度第三キャンプに入って登頂体制に入った。8月15日に仲間が頂上目指して進んだが、惜しくも7000mの手前で風雪が激しくなり引き返した。翌日は私も挑んだが風雪の前に断念した。
今年のアタは、8月に入ってから6000m以上は一日も晴れることなく、頂上の美しい姿を見せてくれず、実に意地悪な天気が続いた。
残念ながら頂上には立てなかったが、途中で見た景色は素晴らしく、褐色に広がる大地の中にカラクリ湖が青々とあって、その向こうに白雪を頂いたコングール峰が大きく連なっていた。夕方には、アタから流れ出る幾本もの川がキラキラと輝き、遙か彼方にはノコギリの歯のように続くパミールの山々が茜色に染まり、息をのむような美しさであった。
顧問の丸山治教授は、出迎えのツアーを組み、BCまで登って来て慰労してくれた。
シルクロードの山に登れたという思い出と、頂上に立てなかった悔しさを胸に、50周年の夏はこうして終わった。




経済学部(昭和31年卒・3期生)石崎 恵三
菊薫る日、朝倉学長から突然電話を頂きました。要件は学報「同窓生の声」について執筆してほしいとのこと、浅学非才の私には重荷ですが、お引き受けしました。
ご承知のとおり、北海学園大学同窓会本部・豊平会、その傘下42支部があり、全国・全道の同窓生は深い絆と果敢な活動をされている様子です。その一支部に豊陽会があります。この組織は小・中・高・特殊・公私立に勤務されている教職員集団です。現在 七百弱の会員が在籍し、日常的な教育実践と理論を踏まえた研修活動が行われています。現会長は芦別高校長・戸出秀邦氏、事務局は北海学園札幌校の石川憲隆氏が担当しています。「みなさんの研修意欲と会費納入は表裏一体です。」よろしく。
また、豊陽会の中に北門会という組織があります。これは管理職集団で五十数名の教職員が自主研鑽に励んでいます。今年は設立20周年を迎え、記念誌を発行することができました。現会長は遠軽高校長・星加敦美氏、事務局は札幌東豊高校教頭・大内修吾氏であります。(記念写真参照)
今日的な教育課題には、(1)ゆとり教育と学力問題、(2)子育てとしつけ、(3)学歴社会と受験競争、(4)教育基本法と愛国心、(5)非行と少年犯罪、(6)いじめと不登校、(7)歴史教科書問題、(8)クレーム保護者の理不尽要求など、日本の教育が抱えている難問に、どなたも心を痛めていると思います。(1)〜(8)は専門家に委ねることにし、ここでは後輩教諭の皆さんへ、激励をこめていくつか提唱します。
(一)教育現場では自分一人で解決できないことが多くあります。また、どうしようかと迷わないために、私の体験を通して考えてみたい。
(1)いじめと思われる事件の発生、(2)子どもの問題行動、(3)体罰と学校事故、(4)保護者と担任の意見が違う、(5)地域の人とのトラブル、(6)保護者や地域からの苦情と抗議、(7)担任を通して学校への要望・こうしたことは担任一人で解決できないことが多い。悩んでいるうちに、時間が経過して事態が複雑になり、問題解決は日を追って困難となります。学校として対処するには、教職員の協力・協業・協働が必要であり、校長・教頭・事務長・主任・先輩教師へ「ほう→報告・れん→連絡・そう→相談」の原則をわきまえて誠実に対処する必要があります。
(二)学校は良質の教育サービスを提供しなければならないので、いい報告は後で、悪い報告は早くが大切です。そして、教師は立派な社会人でありたい。「学はあっても、門がない」では不適格者扱いになります。いつも新しい風を求めて、日頃から実践的研修に努めてください。最後に学園大が世界のリーディング大学として、終わりなき発展を祈願して終わります。
[経歴]高校で38年間教鞭を執り(内校長6年)、のち北海学園大学専任講師を8年勤める。[同窓会]豊陽会第4代会長・北門会初代会長。74歳。




● 豊平校舎3号館ロビー展示
『宙 I』 作者 菱川 和子
1995年 「地球を癒すエコロジー・アートポスター展」
(朝日美術通信社主催、国際環境保全協会協賛)選抜作品[油彩100号]
豊陵会の寄贈に引続き、この度、菱川和子先生(菱川善夫本学名誉教授夫人)のご好意で油彩『宙I』を寄贈していただき、展示することとなった。この作品は、環境保護を願って開催された『地球を癒すエコロジー・アートポスター展』に選抜されたもので、地球の原子の姿をイメージし、中心部には地球の根幹をなすバクテリアのような微生物と周囲に風や光、水、草木を描いた幻想的な作品である。
先生のプロフィール、制作活動は以下のとおり。
《プロフィール》小樽市生まれ。1963年森本三郎絵画研究所にて絵画基礎を学ぶ。64年〜67年まで日本水彩画会出品。67年第1回個展(時計台画廊)水彩、以後油彩に転向。67年〜07年まで個展25回開催(個展25回のうち10回はパリ、ローマなど海外にて開催)。95年国際公募亜細亜現代美術展に出品。96年国際公募亜細亜現代美術展にて奨励賞。97年同美術展産経新聞社賞。98年同美術展外務大臣賞。98年国際公募亜細亜現代美術展を退会、無所属でパリを拠点に活動を開始。
・海外展出品・95年中国・上海、96年ニューヨーク市・ワールド・トレードセンター、日本・東京、フランス・パリ、ロサンゼルス(エコロジー・アートポスター展)、タイ・バンコク、98年マレーシア・クアラルンプール、ベトナム・ホーチミン。
気になるパソコン用語シリーズ29「ウイルス対策ソフト」
システム開発室 可香谷 亮
コンピュータウイルスとは、コンピュータに害をなすプログラムのことをいいます。ウイルスが人体に影響を及ぼすように、コンピュータウイルスはコンピュータに影響を及ぼします。インターネットに接続されているパソコンは、コンピュータウイルスに犯される危険性が常にあります。インターネットでサイトを閲覧したり、送られてきたメールを開いただけでコンピュータウイルスに犯されることもあるのです。よって、人間がインフルエンザにかかる前にワクチンを注射するように、コンピュータもコンピュータウイルスに影響を及ぼされる前にワクチンのようなものを導入しておく必要があります。それがウイルス対策ソフトになります。ウイルス対策ソフトは、アンチウイルスソフト、ワクチンソフトとも言われています。
ウイルス対策ソフトは、初めから記録されているパターンのコンピュータウイルスを発見した場合、パソコン内から除去します。しかし、世の中にウイルスが無数にあるのと同じく、コンピュータの世界もウイルスプログラムが無数にあり、日々増えています。ですので、ただウイルス対策ソフトをパソコンに導入しただけでは、新種のウイルスプログラムには対応できません。そのためにも、新種のウイルスプログラムを打ち消すことのできるウイルス対策プログラムが必要となります。これは、ウイルス対策ソフトを導入し、インターネットに接続できる環境下にあれば、新しいウイルス対策プログラムをパソコン内に取り込むことで対応できます。ウイルス対策プログラムは大体毎日更新されるので、各自で確認して更新しなければなりません。大変だと感じる場合は、自動更新できるように設定することも可能です。
ウイルス対策ソフトにおいて注意すべき点を1つ述べるとすると、ソフトによっては有効期限があるということです。1年、あるいは2年といった期限が切れてしまった場合、それ以降はウイルス対策プログラムを更新することができません。すると、期限切れ以降に生み出されたウイルスプログラムに対応できず、コンピュータウイルスに感染してしまう可能性が出てきます。有効期限が切れたら新しいウイルス対策ソフトを購入し、期限切れの状態が起こらないよう心がけてください。同じ製作会社のウイルス対策ソフトを使い続けたい場合は、インターネット上で期限を延長することの出来るソフトもあります。
パソコンに保存している大事なデータを守るためにも、インターネットに接続しているパソコンにはウイルス対策ソフトを必ず導入するようにしましょう。自分のパソコンは大丈夫だと思っていても、コンピュータウイルスに犯されてからでは遅いのです。自分のパソコンは自分で守るものです。人間の体調管理と同じように考えてみてはいかがでしょうか。




このたび、中国遼寧大学と本学大学院経済学研究科との教員交流事業にもとづいて、8月29日から9月30日までのおよそ1カ月の間、遼寧大学を訪れ、講義を行なった。
9月の瀋陽は1年中で最もよい季節といわれるが、その言葉どおり、2回ほど雨が降ったが、あとはほとんど好天に恵まれ、快適な毎日を送ることができた。
9月の新年度にあわせて、私の講義も始まったが、修士課程でおよそ35人、博士課程で10人ほどの受講者であった。中国の大学院生は勉強熱心で、質問をどんどん教員にぶつけてくる様子は、近年の日本の学生や院生とだいぶ違う。夕方6時から9時までの時間帯での講義であったが、時間通りには終わることはできなかった。女子院生と社会人院生が意外と多いのにも驚いた。院生は学生と同様、基本的には学内にある寮で生活しており、大学生活は私生活と連動していることになる。そのため、寮を中心として食堂や売店、その他生活に必要な施設と校舎が混在している点が日本の大学と非常に異なる点であろう。夕方、学生がお湯をもらうために、ポットをぶら下げて並んで歩いている姿が印象的であった。遼寧大学は理科系学部と大学院を中心とした旧キャンパスと、文科系学部を中心とした新キャンパスとに分かれているが、それぞれ、1万人と1万5千人の学生が学んでおり、日本の巨大私学並みの規模である。新キャンパスは旧キャンパスの3倍の広さで、およそ100万平方メートルというから、全体の広さは推して知るべしで、うらやましい限りであった。
興味深いことは他にもたくさんあったが、2点だけ紹介しておきたい。一つは、9月10日が「教師の日」と定められ、その日は教師に花束が贈られたり、お祝いされたりと、教師にとってはうれしい1日となることである。尊敬されなくなってきたといわれる日本の教師から見ると、これもうらやましい事柄である。私も、丁度その日が講義日で、その恩恵に与った。二つめは、遼寧大学に日本研究所という研究機関があり、そこで歴史・文化・政治・経済等の分野ごとに研究者をかかえ、活発な研究活動を長く続けてきている点である。たまたま、日中国交正常化35周年を記念するシンポジウムが滞在中に同研究所主催で行なわれ、出席の機会があったが、同種の研究所が中国の多くの大学や研究機関に置かれていることを知った。日本では、アジア研究の組織をもつ大学や機関は若干存在するが、中国研究所の存在はあまり聞いたことがない。中国との交流を考える際に留意すべき点であろう。
今後、両大学間の交流がますます進展し、もって両国の相互交流がいっそう深まっていくことを心から祈念してやまない。
韓国・大田大学校
学生交換事業・夏期海外研修
経営学部1部経営情報学科4年
江良 友輔
(室蘭清水丘高校出身)
残り少ない学生生活、今しかできないことをやろうと、この研修に参加しました。
午前中は韓国語の授業です。韓国語で日記を書いたり、覚えた言葉を使って一人一人質問に答えたり、普段はやさしい先生が厳しくも楽しい授業を展開してくれました。午後は体験学習や、工場などの市内見学です。1泊2日のホームステイも経験し、韓国の文化や習慣にも直接触れることができました。
現地では日本語学科の学生たちと友達になりました。彼らは日本語が上手で、行動的。一緒に食事したり、遊びに行ったりと、限られた期間でしたが、僕たちのためにずいぶん時間を割いてくれました。
韓国の友人とは、今でもメールのやりとりをしています。これを機会に今度、韓国語の検定試験にも挑戦しようと思っています。
毎日新しい発見があり、あっという間の3週間。この研修に参加してよかった。大学生活の中で一番の思い出です。
中国・遼寧大学
学生交換事業・夏期海外研修
経済学部1部地域経済学科3年
細谷 啓太
(富良野高校出身)
ゼミの池田先生から話を聞いて中国に興味を持っていました。実際に行ってみると、近代的なビルが立ち並ぶ大都市と、郊外では道路も舗装されず、昔と変わらない町並みが混在し、その格差に驚きました。
今回の研修で一番印象に残っているのは9・18博物館です。館内には戦時中、日本が行っていたという虐殺などの資料や映像が展示されています。中国での反日運動がニュースなどで報じられますが、その背景にはこのような過去の出来事が根底にあることを知り、複雑な気持ちになりました。
残念だったのは、言葉がわからず、現地の人とコミュニケーションがあまりとれなかったこと。通訳の方もいましたが、自分の言葉で話し、通じ合えればもっと楽しめたはず。中国語を勉強しておけばよかったと後悔しました。
この研修で学び、経験したことは、かけがえのないものばかり。きっと自分の将来にもプラスになると思います。
カナダ・レスブリッジ大学
経営学部海外総合実習
経営学部1部経営学科3年
□林 寛
(夕張高校出身)
レスブリッジ大学では語学の授業のほか、経営学に関する授業として、オイルサンドや林業など現地の産業について講義を受けたり、企業訪問や工場見学を行いました。最後に研修内容をまとめ、レスブリッジ大でプレゼンも行ってきました。
また、海外総合実習と一緒に履修しているリサーチ&プレゼンテーションの調査も実施してきました。テーマを決め、日本とカナダでそれぞれ100人にアンケートをとり、帰国後、それらを比較研究するというもの。研究発表に向け、今はまだ調査の取りまとめ中ですが、アンケートではお願いしても断られたり、言葉が聞き取れず理解できなかったり大変でしたが、おかげで度胸がつきました。
異文化での生活、学習、交流…全てが良い思い出です。事前事後学習も含め忙しい毎日でしたが、追い込まれたことで自分の弱い部分を知り、また、今までとは違った積極性、時間の有効的な使い方などを学んで、自分の成長を感じています。
カナダ・ブロック大学
人文学部国際文化演習
人文学部1部英米文化学科4年
近江 典加
(札幌新川高校出身)
ブロック大学では留学生用の英語集中プログラムに参加し、1日5時間授業を受けていました。レベルによってクラス分けされ、ゲームを取り入れたり、必ず学生同士が話し合う時間を設けるなど、授業は楽しみながら学べるよう工夫されていました。
一番印象に残っているのは、各国からきている留学生との会話です。英語のレベルは皆同じでも意思疎通はできるもの。国の壁もなく、思っていた以上に仲良くなることができました。
研修中はすべてホームステイで、最初は会話が通じなくて苦労しましたが、これもいい勉強です。ホストファミリーはとても温かい人たちで、生活面などいろいろ気づかってくれました。
3週間という期間を同じまち、同じ家に滞在し、同じ大学に通えたことは、本当にいい経験になりました。毎日英語を使う環境にいると、自然に英語力は身につきます。出発前に不安はありましたが、意外と何とかなるものです(笑)。




図書館:畠田 康平
昔、Mr.Childrenの『友とコーヒーと嘘と胃袋』という曲を聴きながら、下戸な自分を嘆いたことがある。酩酊の末にこの曲を歌えたならどんなに気持ちよかろうか、と。『センセイの鞄』(川上弘美著、平凡社、2001年)を読んでいると、そんな記憶が沸々と甦る。登場人物たちがあまりにもしょっちゅう、楽しそうに、おいしそうに酒を飲むものだから、つい羨ましくなってしまうのだ。
主人公の「わたし」は、ある日、駅前の一杯飲み屋で高校時代の国語教師に偶然再会する。当時の印象はほとんど残っておらず、名前も思い出せないわたしは、取り敢えず彼を「センセイ」と呼ぶことにした。以来、約束をするわけでもなく、たまたま居合わせるだけなのだが、この店で二人の往来が続いた。注文は各々で、酒は手酌のこと、勘定も別々に。いつしかそんな暗黙の取り決めもできていた。
わたしにとっては三十以上も年上のご老体のセンセイだが、肴の趣味だけではなく、人との距離の取り方や、頑固な性格など似ているところが多かった。一緒にいると同じ歳の友人よりも近しい存在に感じられた。気の合う二人は、やがていろいろな場所に連れ立って出かけるようになる。八の市にキノコ狩、花見、パチンコ等々。時を経る中で、わたしの中のセンセイへの思いは次第に変化していった。
最初のうち、私は小川洋子の『博士の愛した数式』に出てくる博士と家政婦のような二人を想定しながら本書を読んでいた。しかし、読み進んでいくうちにどうやらそうではないことに気づく。本書はいわゆる恋愛小説なのである。
わたしはずっと一人だった。一人で酒を飲み、一人で酔っ払い、一人で愉しんできた。しかし、センセイと再会してからというもの、センセイのいない生活がどうもしっくりこない。凛とした、けれども柔らかなセンセイの気配に触れながら、わたしは長い間忘れていた純粋さや誰かを妬む心、大切な人と過ごす喜びといった感情を甦らせていく。わたしはそんなセンセイの気配を追いかける。掴もうとすれば逃げるし、逃げたかと思えばまた寄り添ってくる。焦心する気持ちを抑えながら、わたしはセンセイとの親交を深めていくのであった。
およそ恋愛小説と呼ばれる作品が苦手な私にとっても、本書に描かれる大人の恋には好感が持てた。親子以上に年齢差のある二人の恋愛だからこそ起きうる焦りや不安の感情で、お互いが臆病になってしまうこともあるけれど、おいしい酒を味わうようにゆっくりじっくりと時間をかけ、そして真面目に交際を続けていこうとする姿が微笑ましい。
余談になるが、本書には『パレード』というとても短い番外編もある。本学図書館では、『はじめての文学 川上弘美』という図書の中でこの作品を読むことができるので、興味のある方は本書と併せて書棚を探してみてほしい。




大学院教授(法務研究科)
小 林 充
私は、40年余裁判官をした後大学の教壇に立っているが、裁判官の生活と大学教授のそれは、仕事の時間とそれ以外の時間とがはっきり区分できないという点でよく似ている。裁判官当時、記録を読んだり判決を書いたりするのが夜遅くまでになったり、日曜、祭日にそれをすることは普通であったが、現在大学教授として行う授業の準備、学生のレポートの点検、研究のまとめ等もほぼ同様である。その結果として、何時に起きて何時に寝るというような規則的な生活を送っているとはとてもいえない。そこで、そのような生活において、どのようにして健康を維持するかということに多くの関心を持たざるを得ない。その方法として、私が裁判官当時から行っているジョギングについて述べてみたいと思う。「始めた以上は、趣味的なものであっても長く続けた方がよい」ということがよく言われるが、その点でも、ジョギングは私に当てはまるものである。
◆ジョギング歴◆
私のジョギング歴はもう30年以上になる。裁判官として東京都世田谷区の宿舎に住んでいたころ同じ宿舎に住んでいた者の何人かで始めたのが最初である。時間を決めて集合し近くを走ることにしたのだが、段々脱落者が出て、最後まで残ったのは私だけであった。私の場合は、その後も一人で、現在まで続けているのである。
裁判官としての転勤に伴い、走った街は東京、神戸、札幌、仙台と数か所に及び、同じ東京でも官舎の移動により、数か所場所を変えた。それぞれの場所につき思い出がある。六甲山の中腹にある官舎を出て、景観で有名な港を眼下に見ながら東西の道路を往復した神戸、杜の都にふさわしく緑の多い街を、ときに伊達政宗の居城であった青葉城跡まで足を伸ばした仙台などの印象も強いが、ここでは特に、本学園の所在地である札幌での冬のジョギングについて述べてみたい。
私は、裁判官当時平成2年4月から平成3年9月まで札幌地裁所長として勤務した。ジョギングを始めてからそのときまでかなりの期間が経っていたが、赴任の際、札幌では冬のジョギングは不可能と思い、その代わりとして歩くスキーを考えていた。しかし、いざ雪が降ってみると、暖気で雪が解けた後に路面が凍ったとき以外は、路を選べば何とか走れることが分かり、うれしい誤算であった。特に雪が積もった直後は、滑る心配もなく、サクサクと雪を踏みながら冷気の中を走った爽快感は、この上ないものがあった。ちなみに、私は現在、授業のため札幌に来ている期間はホテルに宿泊しているが、早朝には、やはりジョギングをすることにしている。都心のホテルが多い関係で、ジョギングコースは大通公園、中島公園、少し遠いが北大構内が主なところである。地裁所長当時とはかなり変わった町並みを見ながら走ってホテルに戻り、シャワーを使ってから食事をすることは、現在の楽しみの一つである。
◆ジョギングの効用等◆
裁判官当時のジョギングの時間帯は、休日を除き早朝か午後5時以降の時間が多く、現在でもそうである。自宅にいる日はそれ以外の時間帯でもよいわけであるが、やはり世間体を気にしてのことである。回数は、以前は週に4|5回、1回の所要時間は4|50分というところであった。回数はともかく、時間は少し長すぎる嫌いがあるのだが、走っているうちに調子が出て、結局それくらいの時間になってしまうことが多かったのである。さすがに、最近は、回数、時間ともやや少なくなっており、しかも以前と異なり、途中知らず知らずに歩いていることも多い、ジョギングよりもウオーキングの方が良いと言う人もかなりいるが、私の場合は自然にウオーキングに移行しつつあると言ってよいようである。そのうちにウオーキングだけということになるかもしれない。
ジョギングをしている人が等しく言うことは、走り終わった後の満足感、爽快感ということである。ほかに、私の場合は、ジョギングを始めてからわずかの期間内に体重が数キロ減少して適正体重の範囲内に収まり、現在までそれを維持している。また、定期検診の際、どの項目についても赤信号が出たことがない。60歳を過ぎたころの定期検診の際、看護婦さんから、「あなたの年齢でこれほど良い数値ばかりの人は珍しい」とほめられた。これがすべてジョギングのせいとは思っていないが、寝不足のときや精神的にややスランプのときなどは走る意欲がわかないので、ジョギングが私にとって心身両面での健康のバロメーターになっているとはいってよいであろう。
一方、ジョギングで一番注意しなければいけないのは怪我であろう。私は、仙台である陸上競技練習場で走っていた際、コース分けに用いられていた太い針金様のものに足をとられて転倒し、顔面をコース上に打ちつけ、外科と歯科の双方にお世話になる羽目となった。もともと、私は反射神経、運動神経が鈍く、3年位前にも、ジョギングのときではないが同じようなことがあり、このことを思い知らされた。長年やっていると、ほかにも、ひざを打ったり、足をくじいたことが何回かある。2年ほど前にひざを打った際、その場面を見ていたおばあさんから、「走る際の足の上げ方が足りない」と言われた。老いによる衰えは確実に進行しているということであろう。その観点からも、私のような年齢の者はウオーキングを選ぶのが良いのかもしれない。
ジョギングにせよウオーキングにせよ、これからも健康でこれを続けていくことが、現在の私のひそかな願いである。




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